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Manaty Graphic Design

ベンチャーとフリーでデザインをしているマイペース女デザイナーです。非デザイナーさんともデザインの話をする世界をつくりたいんだ。

【思考と感情】本当に好きで好きでたまらないもの以外は、捨てないと後悔する

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とうとうさよならしたソーインググッズと熱意

わたしの母親はお裁縫が趣味でちまちました小物から、洋服まで結構なんでもつくれてしまう人です。そんな姿を見て育ってきたこともあり「ソーイング女子」に対する憧れがずっと心のどこかにありました。

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なんか、わからないけど「あ、そこ破れてるよ?縫ってあげようか?」とか言えたら素敵じゃんか!?(漫画かよ)

それでここ数年、ちょこちょこ本を買ったりそれを見ながらつくってみたりしてたのですが、ちまちまつくるのは自分にあってないな!と決心しこのたびバイバイした、という報告です。めっちゃ個人的な話ですいません。さよならお裁縫の本たち・・・

 

そんでバイバイ(=捨てる準備)しながら以前仕事がらみで読んで「確かに!」と思った記事を思い出しました。

自分が提供される者か製作する者か、立場によって「好き」かどうかは変わってくるのだ。

単純にこうやって「◯◯をするのが好きだ→◯◯業界」とだけしか考えずに意思決定をすると、いざ仕事をはじめてから「こんなはずじゃなかった」と落胆する可能性が高い。こういう決め方をする人たちに必要なのは、サービスを「つくる側」と「つかう側」の違いをきちんと理解した上で、意思決定をすることだ。

 

例えば、映画を好きな人が映画業界に就職したい!って思ったとしても、見るのと作るのは必要な知識と技術が違うからうまくいくとは限らない。(という議論がツイッターで繰り広げられていた気がする)ということ。

確かに…。そして話の規模は違うが私のソーイングも同じにおいがしました。

可愛いものは好きでもそれを作る過程は好きではなかったのですね。ミシンを扱ったり、指示書を見ながら毛糸で編んだり、という単純作業の繰り返しに楽しみを見出すことができなかったです。

 「ある程度好き」なものだと、時間とお金をさけてしまう。

それでも2年くらいいちまちま続けていたのは、「つくる」って行為自体がざっくり好きだから。

デザイナーだから、なんでも「つくる」ことは好きなんです。だけど、この「好き」がダメだった。「ある程度すき」だと、お金と時間をさけてしまう。

お裁縫に限らず、「睡眠」「食欲」みたいな「本能」もそうだし、「美容」とか「本」とか「物欲」もそうかもね。

「ある程度好きなもの」は知らない間「すごく好きなもの」に対する時間とお金をうばうのかもしれない。

平穏な毎日でも、ちょっと焦る30代には特に、じわじわと効いてくる「テキトーに好き」な時間の積み重ね。 

餅は餅屋に。自分も餅屋になる。

刺繍とか、ビーズとか、見てるだけで楽しいし今も大好き!(女子でしょ!)でも、作ってる最中はあんまり楽しくなかったのだ。

自分は作る作業はたいして好きになれなくて、どんなものや形を作るか考えるアイデア出しや出来上がったものをどうするか(売る、プレゼントする、ネットで公開するとか。)考えることの方が好きで、さらに楽しいと思うからそっちをやればいいなって、感じました。よって、お裁縫は封印!ばいばーい!

 

憧れるけどね…お裁縫女子 |ω・`)ちら。素敵なお裁縫女子が作ったお裁縫を眺めて楽しませていただきます!

そしてまたワンランク下がるわたしの女子力。

くう〜!